東京地方裁判所 昭和59年(ワ)3623号 判決 1986年8月26日
原告 池永潤吉
右訴訟代理人弁護士 落合長治
同 前川渡
被告 東郷昭
<ほか九名>
右被告一〇名訴訟代理人弁護士 川村武郎
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 原告が、被告らの各所有する別紙第二目録記載の土地部分につき通行権(乗用自動車の通行を含む。)を有することを確認する。
2 被告堀田寛、同堀田外子、同堀田壽治、同堀田泰江は連帯して別紙第三目録記載のブロック塀を撤去せよ。
3 被告らは、各自原告に対し、別紙第二目録記載の土地に、原告がその南側の原告が所有する別紙第一目録記載の土地から日常生活のためにする出入り(乗用自動車の通行を含む。)を妨害してはならない。
4 被告らは、原告に対し、連帯して金一九万二五〇〇円及び昭和五九年四月一日から第二項の塀を撤去するまで一か月金一万七五〇〇円の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
6 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和二七年八月二一日から別紙第一目録記載の土地を所有し、同目録(一)記載の土地(別紙第一図面青線包囲部分。以下原告土地という。)上に居宅を所有して居住している。
2 被告らは、別紙第二目録記載の各土地(別紙第一図面赤斜線部分。以下被告土地という。)を所有している。
3 被告土地の東側には中野区所有の土地(一八番一の宅地一四三四・五二平方メートル、以下中野区所有土地という。)が存在する。被告土地は別紙第一図面記載の通り、長さは南北にわたる六七・一八メートル(第一図面AとBの間)、また南側において原告土地と三・一八メートル(第一図面BとCを結んだ直線)接し、中野区所有土地の西側一部の土地と合せて幅四メートルの道路(同図面赤線包囲部分。以下本件道路という。)として使用されている。この道路は、昭和二五年に東京都から建築線の指定(昭和二五年一一月一四日告示、告示番号第六九九号)を受け、建築基準法の施行に伴う附則5により「同法第四二条第一項第五号の規定による道路の位置の指定があった」ものとみなされている。又同道路は、北側において幅四メートルの公道に接している。
4 原告土地は、長さ一八メートル(第一図面EとFとの間)、幅二ないし、四メートルの私道(なお、二メートルの幅の私道の東側には、二メートル幅の公道があるので全体としては四メートル幅になっている。別紙第一図面緑線包囲部分)を経て南側の幅二・七メートルの公道に接している。しかしこの私道は、途中四か所に階段合計二〇段があり、別紙第二目録(六)の土地と南側公道との高低の差は、約五・二メートルである。従って現代の自動車社会(自動車が自由に出入りできるべきであるという意味)では袋地というべきである。
すなわち、原告土地は、公道に接する通路が一応あるので道路が全く存在しない典型的な袋地ではない。しかし、袋地通行権は、袋地の効用を全うさせる為に認められたものであるから、どの様な通路であってもそれがありさえすれば袋地通行権が生じないというものではなく、たとえ公路に至る通路がある土地であって形式的には袋地とはいえない場合であっても、その通路が当該土地の用途に応じた利用について不適当、不十分であれば当該土地を袋地と認め別の通路の開設等が認められるべきである。なお、右の土地の用途に応じた利用というのも、固定的なものでなく、社会環境や生活事情の変化を考慮に入れて考えるべきである。そして自動車社会といわれる近時の自動車普及の増大を考えるならば、社会生活上において自動車は日常生活に必要不可欠なものとして生活必需品化しており、自動車の使用は生活上重要な意味をもつに至っている。原告土地の既存通路は公路との間に著しい高低差があり、自動車通行は不可能であるから、自動車通行ができないという面からは袋地というべきである。
5 しかして、原告は被告土地について通行権(乗用自動車の通行を含む。)を有するのに被告らはこれを認めない。よって請求の趣旨第一項の通りの判決を求める。
6 また、原告土地の北側に接している別紙第二目録(六)の土地の南側には別紙第三物件目録記載のブロック塀(以下本件ブロック塀という。)が存在しており、これが為に原告が被告土地を通って自動車を原告土地に出し入れすることは不可能になっている。
7 しかるに、右ブロック塀の所有者である被告堀田寛、同堀田外子、同堀田壽治及び同堀田泰江は、原告の再三にわたる撤去方の請求に対し全くこれに応じない。よって請求の趣旨第二項通りの判決を求める。
8 次に、被告らは、原告よりの被告土地を自動車による通行を認めて欲しい旨再三にわたる請求を受けているにも拘らず、これを承認しようとしないばかりか、仮に原告が自動車にて被告土地を通行した場合は、あらゆる方法を以ってこれを阻止し絶対に原告の自動車による通行をさせない旨公言している。よって今後仮に原告が被告土地を自動車によって通行しようとすれば如何なる妨害を受けるかもわからないので、一次的には前記袋地による通行権に基づき、二次的には自由権(被告土地は前記の通り道路位置の指定があったとみなされているので、原告も一般公衆の一人として公法上の通行の利益を享受しているという意味。)に基づき請求の趣旨第三項通りの判決を求める。
なお、右通行の自由権について付言すると、被告土地及び中野区所有土地は、建築基準法の道路位置指定を受けた道路であり、しかも被告土地は、固定資産税が非課税となっている。従って、被告土地は、建築基準法に基づき同法第四四条第一項、同第四五条により被告らは被告土地を道路として保持しなければならない制限を受ける。又、被告土地は道路交通法第二条第一項第一号の「一般交通の用に供するその他の場所」として同法上の道路に該当し、交通妨害となる各種の禁止行為及び制限が定められている(同法第七六条、第七七条参照)。
加えて、被告土地は公共の用に供する道路として地方税法により固定資産税が非課税とされており、その非課税とされる理由は、被告土地が不特定多数の人の通行の用すなわち公共の用に供されており、被告らが独占的に使用できないものであるから、その様な被告土地に対しては非課税とすることが合理的であるとの考えに基づくものである。
以上の様な事情を考え合せると、被告土地は、私道であっても、一般人の通行の用に供せられる道路であって、建築基準法、道路交通法により、その道路に対する私権の行使は制限され、原告を含む一般人は被告土地を自由に通行できるというべきである。そして、原告の被告土地の通行の自由は、公法上の規制の反射的利益であって私法上の権利ではないが、それが妨害された場合には、排除を求めうるものである。
9 最後に、原告は、右袋地通行権もしくは通行の自由権に基づき、被告らに対し、昭和五八年三月初より同年四月末日までの間に数回にわたり本件ブロック塀の撤去方と被告土地を原告が自動車により通行することを認めるよう請求したが、共謀して全くこれに応じない。
10 原告は、その為に原告土地の中に現在所有している乗用車を駐車させることが不可能になった。しかして、原告は、昭和五八年五月一日より昭和五九年三月末日まで他に駐車場を借用しなければならなくなり、既にこの借用料として合計金一九万二五〇〇円(一か月一万七五〇〇円の割合)の支出を余儀なくされた。これは全く被告らの通行権侵害による不法行為に基づくものといわねばならない。また、昭和五九年四月一日から前記塀を撤去するまで原告は毎月前記割合による駐車場の借用料を支出しなければならない。よって請求の趣旨第四項通りの判決を求める。
11 また、被告土地は、3記載の通り、道路位置指定を受けた道路である。そして、右道路位置指定の効果として、建築基準法及び道路交通法による制限を受け、被告らに被告土地について一般公衆の通行を許容する義務が生じ、一般公衆は被告らの許可を要せず、自由に通行できる。実際に、被告土地について、一般公衆は自由に通行し、又車の乗り入れもしている。またそれ故に被告土地については税金も非課税になっている。原告も一般公衆の一人として被告土地の通行(自動車通行を含む。以下同じ。)をすることが出来るものである。被告らは、原告の自動車通行を拒否する一方で自らはその所有敷地内に駐車場を設置して、被告土地を自動車で自由に通行している。
右の様な事情の下に、被告らは、原告の通行を拒否しブロック塀の撤去を認めないのであるが、被告らが、原告の通行を認めたとしても、被告らは、何等の不利益を受けることがない。道路の維持管理についても、原告はその維持管理に必要な費用について応分の負担を申し出ているのである。本件ブロック塀も原告土地へゴミなどが入り込まない為という原告の利益の為に作られたものであって、撤去により被告らは、不利益を受けない。そして、原告の通行を認めることにより、特に交通の安全及び付近の平穏の保持に支障をきたすことがない。
従って被告らが、原告の通行及び本件ブロック塀の撤去を認めないのは、法的にみても、実質的にみても全く理由がなく、単なるいやがらせにすぎないのであって、被告らが原告の通行権を認めず、また、本件ブロック塀の撤去をしないことは権利の濫用にあたるので、原告は被告らに対し、権利の濫用を理由に請求の趣旨の通りの判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2は認める。
2 同3中、本件道路が昭和二五年東京都から建築線の指定を受け、建築基準法上のいわゆる四二条一項五号道路に該当するとの主張は否認し(但し、被告らの建物が、本件道路部分につき接道義務を満たすものとして中野区から建築確認を受けたことは認める。)、その余は認める。
本件道路が設置された経緯は次のとおりである。
(一) 被告らの土地を含む細田工務店分譲地(以下本件分譲地という。)は、もと常盤興産株式会社(以下常盤興産という。)の社宅(一棟ではなく多数の建物が建てられていた。)として利用せられてきた土地であり、その当時より原告は現在地に居住していたものと思われる。右両者の土地は社宅側の土地が高く、原告の所有地は低くその間が崖で区切られていたため、地域社会という点では別の地域を形成していた。
(二) ところで、常盤興産は昭和二五年四月右社宅を造る際、社宅内に「コ」の字形の通路を設定しているかの如く図面上作成し、区に提出し建築線の指定を受けている。
しかしながら、右の「コ」の字形の道路は結局そのままでは設置されなかった。別紙第一図面表示一八の二七ないし三一の土地あたりに設けられる予定であった幅四メートルの道路は踏み跡程度の幅一メートルにも満たない道となり、さらに一八の三二ないし一八の三六の土地あたりに設けられる筈であった幅四メートルの道路は、当初より細田工務店に売却されるまで一度も道路が設けられたことはなく、社宅の庭として利用されていたのである。従って、崖の下の方の居住者には物理的にも私道として使用できる筈がなかったのである。
(三) その後昭和四六年細田工務店が本件分譲地全体を購入し、旧建物を取り壊し、整地をし、区分し、分譲地として売りに出し、被告らがその居住者となった訳であるが、その際、細田工務店は当然のことであるが、どこの土地も建築可能な形で、土地を区分し、かつ建築線を作成する必要があった。そこで利用されたのが常盤興産が昭和二五年当時確認を得ていた建築線をそのまま利用することであったのである。恐らく確認済の建築線を利用するならば、隣地の印も不必要であり改めて確認を得る必要もなく手続きが簡便だったからであろう。そして現在の形に道路が設置された。ところで、このようにして道路が設置されたのであるが、その道路も常盤興産が設けていた道路、すなわち別紙第一図面表示一八の三八ないし五〇の土地とも相当違った形で設けられており、当時の図面とは全体もくい違っている。
また、そのことと同時に右の道路はいうまでもなく建築基準法の要請によるものであり、同法によれば道路は一定以上の傾斜を有してはならないと言う制限があり、本件道路も崖部分を除外して設けられている。従って、原告土地と接する部分については正確に表現するならば、私道部分(幅四メートル)、崖と私道とのいわば空白地(塀などが建っている。)、傾斜を持つ崖、崖下の境界線、原告土地という形となっている。
3 同4中、原告土地が南側へ通じる私道を経て公道に接していることは認めるが、原告土地が袋地であるとの点は否認し、その余の数値は不知。
原告土地は袋地ではないことは明らかである。原告土地の南側(本件土地の反対側)には幅員四メートル程度の通路が存し、公道より原告土地に通じている(以下原告通路という。)。従来原告土地の全ての出入りはこの原告通路を利用してなされ、建築確認もこの原告通路を利用して取得してきた。被告らの本件道路に出入りしたいという希望は本件紛争まで全くなかったのである。以上の事情から原告土地の通路はこの原告通路であることは明らかであり、また、この原告通路を利用することによって原告は何らの不自由を感じていなかったことも明らかである。
しかしながら、右原告通路に段差が存し、直ちに車両を通行させることが不可能であることも事実である。しかし、このことは、原告土地を袋地であるか否かを判断することに何らの影響を及ぼさない。
(イ) この段差は建築線に通行の障害が存してはならないとする建築確認法の要請からして違法であり原告が努力をすれば容易に段差が消滅することが明らかである。
(ロ) 仮に段差が存していても徒歩で通行することは可能であり、日常生活に何の制約ももたらさない。原告が本件道路に車両を入れたいとする理由は通勤、買物などに利用する程度であって車を利用する必要性、緊急性はすこぶる小さい。
(ハ) 近隣には有料駐車場が相当数存しており、自己所有地に車庫が存しないことが車を保有することの妨げとはなっていない。
(ニ) 原告の自動車社会という主張は必ずしもその意味内容が明らかではないが、現在の都会において車庫を保持する余裕のない住宅地はいくらもあり(だからこそ有料駐車場が営業として成り立つ)車を所有していない家庭も多々ある。従って、車の通行が可能か否かは袋地であるか否かとはおよそ無関係であり、原告の主張は失当である。
なお、付言すれば原告土地には車の通行が可能である。被告らには緊急車両の通行あるいは原告車両の通行を全て妨害する意見など毛頭ない。節度をもった利用形態を希望するだけである。
4 同5中、被告らが原告の自動車による通行権を認めないことは認めるが、その余は争う。
5 同6は認める。
前記のとおり、細田工務店によって本件分譲地の整地がなされ、建物が建築されていったのであるが、その際、崖の危険防止、隣家に対する当然の配慮等から私道の端、すなわち当時の細田工務店の所有地、現在の被告らの所有地内に下部がブロックで上部がタキロンの波板で作られた塀を設置した。いうまでもなくこの工事費は細田工務店において全額負担し、後に売却費に組こまれたものである。なお、塀は細田工務店の所有地内に作成したもので、原告に対し、通常の工事着工の挨拶はしたとしても、許可を得る性質のものでもなく、その事実もない。
6 同7中、本件ブロック塀の所有者の一部が原告主張の被告らであることは認めるが、その余は争う。本件ブロック塀の所有者は、原告主張の被告ら以外にもいる。
7 同8中、被告らが原告の自動車による通行につき異議を述べていることは認めるが、その余は争う。原告土地が袋地でないことは前記のとおりである。
原告主張の通行の自由権については、一般公衆がいわゆる公道を通行する利益を享受しうるとの趣旨の判決が存在することは事実であるが、この利益はいわゆる反射的利益であり、本件道路のような私道にあっては、私道の現状において可能であれば通行できるということにすぎない。そして、被告土地と原告土地との境界は、前記のとおり崖下にあり、原告土地は本件道路に接していないのであるから、原告の地位は、本件道路をたまたま買物、通勤などに利用する者と同一であり、通行妨害を排除するような権利は発生しない。また、原告が本件道路を自動車で通行できないからといって、原告の生活上困難を生ずるものでもなく、この点からも原告に通行妨害を排除するような権利は発生しない。
8 同9中、原告主張のような協議の申し出があったことは認める。右協議の前提として、原告が原告土地上に建物を建築する工事の便宜のため、被告らは原告と様々な協定を締結したが、原告はその協定のほとんどを遵守しなかった。
9 同10は争う。
10 同11は争う。
本件道路のうち被告土地が非課税である理由は次のとおりである。
被告土地は、昭和四七年一二月二五日、地方税法第三四五条第二項第五号に基づいて非課税扱となったが、これは、左記の要件のもと、左記の要領で決定されたものである。
記
イ 道路として分筆されている場合には申請は不必要。
ロ 公道から公道に連絡し、幅員が一・八メートル以上あり、客観的に不特定多数の者が使用出来ること。
ハ 不特定多数の者が使用出来るというのは現状が使用出来る形態になっていれば良いのであって、現に利用しているか否かは関係ない。
ニ 分筆してある場合は分筆登記の連絡もしくは固定資産税評価額の調査の際に現地を見分して一方的に無税とする。
ホ 被告土地は昭和四七年二月分筆された直後中野都税事務所の担当者が現地を見分し、要件を充たすとして同事務所の内部手続きのみで、すなわち被告らあるいは被告土地の売主らに連絡することなく、勿論承諾も得ることなく無税扱とした。
以上である。この経過から明らかなように道路状敷地を無税扱いとするのは使用が制限され、建物が建てられないいわゆる死地に等しい土地について固定資産税を賦課することは納税者に酷である、とのすぐれて政策的な理由で無税となったもので通行出来るか否か、という私法上の権利の消長とはおよそ次元の異なる問題というべきである。
三 抗弁
仮に通行権に基づいてあるいは他の理由に基づいて原告の主張が認められるとしても原告は被告土地に関して昭和五七年五月二七日左記の約定を被告らとの間において結んでいる。
1 今回の建築工事では駐車場も車の出入口も設けませんから工事用の車の通行を御容認願います。
2 工事完了後塀は原状に復旧します。
3 工事完了後は道路の破損部分の修復は弊方で行います。
4 八〇cm×一〇〇cm以内の大きさの非常口を設けさせて頂ますので御承認願います。
5 工事期間中の安全面には十分留意いたします。
従って、原告が被告土地につき自動車によって通行する権利を有さず、またブロック塀の撤去を請求する権利も有さないことは明らかである。
四 抗弁に対する認否
原告が被告らに対し、被告らが主張するような約定を内容とする念書(以下本件念書という。)を差入れたことは認めるが、その効力は争う。
五 再抗弁
1 原告と被告らとの間の昭和五七年五月二七日付の本件念書が作成されたのは、当時被告らが原告の隣地(別紙第一図面表示二三番の四の土地)の所有者である松坂英明及び松坂つね子(以下合せて松坂という。)がその所有土地上にアパートを建設するに際し、被告らがそのアパート建設のための工事用車輌が被告土地を通行するのを妨害したため損害を被ったとして、右松坂より被告らに対し通行権妨害に基づく損害賠償請求訴訟(以下松坂訴訟という。)が提起され係属中であったためである。
2 原告は、昭和五七年一月頃既存の旧建物を取り壊し、新築するに際し、その新築工事中並びに工事完成後も引続き被告土地の自動車通行を認めて欲しい旨被告らに申し入れたところ、被告らは、原告が右松坂訴訟につき協力的であったので、原告に対しては「被告土地の自動車通行を認めてもよいと言っていたが、ただすぐに認めると、訴訟では松坂に被告土地の自動車通行権を認めないと争っていながら、一方では原告に対し被告土地の自動車通行権を認めることになり、訴訟に悪影響を及ぼすと困るので訴訟が結着すれば、原告に対し被告土地の自動車通行権を認めるから、とりあえず工事用車輌の臨時の通行だけを認めた内容の念書を入れてくれ」と言われたので原告としては、建築工事に早急にとりかかりたいこともあり、被告らも被告土地の自動車通行権を認めることを了解していたので、被告らの言葉を信じて被告らの言い分通りの念書を差入れたものである。
3 原告は、念の為に右念書の差入れと同時に念書と同日付で被告らに対して、後日原告が被告土地の自動車通行権を有することを確認する旨の「御願い」と題する文書を念書と一緒に差し入れている。
4 以上の事情よりすれば、右念書は、同時に差し入れられた「御願い」と題する書面に合せて考えると、被告らが松坂との訴訟における悪影響を免れる目的で被告らに請われるまま原告が作成したものであり、原告の真意は、被告らの要請に従っておれば後日自動車通行が認められるとのことであり、被告らもその原告の意思を知悉していたものであるから無効である。
5 仮にそうでないにしても、被告らは、原告に対し、被告土地の自動車通行権を認める意思がないにも拘らず、原告に対し後日被告らと松坂との訴訟が終り次第右自動車通行権を認めるかのように原告を欺き、その旨原告を誤信せしめたうえ被告らが原告に対し、被告土地について工事用車輌の臨時的通行のみしか認めないとの本件念書を成立せしめたものである。よって、被告らの右行為は詐欺に該当するので原告は、被告らに対し、本件第四回口頭弁論期日に、本件念書における意思表示を取消す旨の意思表示をした。
六 再抗弁に対する認否
全て争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因3の事実中、本件道路が建築基準法上のいわゆる四二条一項五号道路に該当するか否かについては争いがあるが、その余の事実は当事者間に争いがない。
そこで、右争点について検討すると、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 本件道路を含む別紙第一図面表示一八番一ないし一八番五〇の土地は、もと、常盤炭砿株式会社(以下常盤炭砿という。)の社宅一四戸の敷地であったが、常盤炭砿は右社宅を建築するにあたり、昭和二四年、本件道路に概ね相当する位置に幅四メートルの私道(以下旧申請私道という。)を開設することとして東京都知事に対して建築線指定申請をし、昭和二五年一一月一四日、原告主張のとおり右指定を受けた。
2 右私道は、未舗装の、小石を敷いただけの道路であり、しかも、右申請どおりに全部が開設されたわけではなく、別紙第一図面表示一八番三二ないし一八番三七の土地に相当する位置に開設されるはずの道路は開設されることはなく、その北側にあった社宅の庭となっていた。
3 その後、昭和四六年になって、右常盤炭砿の社宅敷地のうち東側約三分の一、すなわち別紙第一図面表示一八番一の土地を中野区が、その余の土地、すなわち別紙第一図面表示一八番二ないし一八番五〇の土地を細田住宅が、それぞれ取得し、中野区は右取得土地上に公園や児童館を造り、細田住宅は右取得土地を整地し、区分して、昭和四七年に分譲地、あるいは建売住宅付分譲地として売り出した。これを買い受けた者の一部が被告らである。
4 細田住宅は、右建売住宅を建築し、右土地を分譲するにあたっては、旧申請私道が既に常盤炭砿の申請により建築線指定を受けていたので、これを利用して建築基準法上の接道義務を満たすこととし、従前開設されていた道路部分を舗装するとともに、道幅の狭くなっていた部分は右申請どおり四メートル幅に拡幅し、未開設の部分も右申請に従って開設し、その結果現在存在するような本件道路ができ上がった。本件道路には中野区所有土地も含まれることになったが、中野区はこれを従来どおり道路として提供することに同意していた。
5 このように細田住宅は、本件道路が旧申請私道と一致するものであり、既に建築線の指定を受けているので、建築基準法附則第五条により同法第四二条第一項第五号の道路位置指定があったものとみなされるとして、新たに右道路位置指定を受けることなく、本件分譲地を分譲した。右分譲に際しては、中野区所有土地を除く本件道路も分筆し、各分譲地に付随する形で、各分譲地と一体としてこれを分譲した。そして、細田住宅が右分譲地上に建築した建売住宅の建築確認も、細田住宅から分譲地のみを購入して自分で建物を建築した者の建築確認も、本件道路に建築基準法上の道路位置指定があり、本件道路について接道義務を満たしているものとしてなされている(被告らの建物が、本件道路部分につき接道義務を満たすものとして中野区から建築確認を受けたことは被告らも認めるところである。)。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、実際に開設された旧申請私道と本件道路はその位置、形状において若干の相違はあるとしても、その相違は同一性を失うほどのものではなく、本件道路は旧申請私道を申請どおりに開設する形ででき上がったものであるから、原告主張のとおり、本件道路は建築基準法第四二条第一項第五号の規定による道路の位置の指定があったものとみなされているものと認められる。
三 原告が被告土地に袋地通行権を有するか否かについて
原告は、原告土地は長さ一八メートル、幅二ないし四メートルの私道(別紙第一図面表示緑線で囲まれた部分、原告通路)を経て南側の幅二・七メートルの公道に接しているが、右原告通路は途中四か所に階段合計二〇段があり、原告土地と公道との間には著しい高低差があり、自動車で公道から原告通路を通って原告土地に至ることは不可能であるから、現代の自動車社会では原告土地は袋地というべきであり、従って、原告は袋地通行権によって、原告土地の北側にある被告土地を自動車によって通行できる旨主張し、原告土地が原告通路を経て南側の公道に通じていること、原告通路には段差が存し、直ちに車両を通行させることが不可能であることは被告らも認めるところである。
そこで、原告通路の存在にも拘わらず原告土地が袋地といえるか否かについて検討すると、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告は、昭和二七年に原告土地上に木造の建物(以下原告旧建物という。)を建築し、以来原告土地上に居住しているが、右建物を建築する際には、原告通路に原告土地が接しているとして建築確認を受けた。
2 当時、被告土地は、前記二で認定したとおり、常盤炭砿の社宅の敷地あるいは開設された旧申請私道の一部となっていたが、被告土地を含む常盤炭砿の社宅の敷地(開設された旧申請私道を含む。)と原告土地との間には一・二メートル程度の高低差があり(原告土地の方が低い。)、両者の境界は崖下に位置していたので、原告土地からの通路として被告土地あるいは開設された旧申請私道を利用することは不可能であった。従って、原告旧建物の建築確認の際には、原告通路のみが原告土地から公道に至る通路として考えられる唯一の道であった。
3 昭和四六年に細田住宅が本件分譲地を整地し、本件道路を造った際も、本件分譲地と原告土地との間の高低差は従前のままであり、細田住宅は、原告から、右整地や建売住宅の建築に伴なう埃が原告土地の方に入ってくるので、八段積のブロック塀を作ってくれとの申し入れを受け、被告土地との境界付近(但し、崖上の被告土地上)に全額細田工務店の費用負担で八段積のブロック塀を築造した。これが現在も存在する本件ブロック塀である。
4 本件ブロック塀の東側の中野区所有土地と原告土地との境界付近には、本件ブロック塀に接する形で、原告が八段積のブロック塀を築造した(別紙第二図面表示B―D間に存在していた。)。
5 原告は、昭和五七年一月ころ、原告旧建物を取り壊して原告土地上に新しい建物(以下原告新建物という。)を建築することを計画したが、原告通路を使用して建築工事を実施すれば、工事用車両が原告土地に入らないために多大な費用と労力を必要とすることになるので、被告土地を含む本件道路を右工事に使用し、さらに、原告新建物建築後はできれば被告土地を含む本件道路を通って自動車で原告土地から公道に通行できるようにしたいと考え、被告らを含む細田住宅自治会(細田工務店から本件分譲地の分譲を受けた二四軒の家族で構成しているもの)に右希望を申し入れた。
6 細田住宅自治会を構成する二四軒は、いずれも分譲地とともに本件道路の一部の所有権を取得し、毎月支払う自治会費の中から本件道路の管理・補修費用を出して本件道路の管理・補修にあたっていたが、原告からの右申し入れを受けて何度も協議を重ね、結局、少数の反対者は残ったものの、原告新建物建築工事(以下本件工事という。)に本件道路を使用させることは認めることに決定した。しかし、右工事後の本件道路の自動車による通行については、当時被告らを含む細田住宅自治会構成員と松坂との間に本件道路の通行をめぐる松坂訴訟が係属していたこともあり、認められるに至らなかった。
7 そこで、原告は、①本件工事では駐車場も車の出入口も設けない、②工事完了後ブロック塀は原状に復旧する、③工事による本件道路の破損部分は原告において修復する、などの約束をしたうえで、工事用車両を本件道路に通すなど、本件道路を使用して本件工事を実施した。
8 原告は、右工事の際、中野区所有土地と原告土地との境界付近にあったブロック塀を撤去し、原告土地に盛土をして原告土地の高さを被告土地を含む本件道路とほぼ同じ高さにしたうえで、本件道路に接する形で駐車場予定地を築造した。
9 本件工事完了後、原告は細田住宅自治会に本件道路を自動車によって通行することを認めて欲しい旨申し入れたが、右自治会構成員は、原告が工事前の約束に反して駐車場予定地を造り、撤去したブロック塀は原状に復旧せず、トタン板を張っただけで、しかも、トタン板に出入口を設け、かつ道路の破損部分の補修もしなかったことなどの理由でこれを拒否した。もっとも、原告が徒歩で本件道路を通行し、あるいは、消防自動車等の緊急車両が本件道路を通行して原告方へ行くことについてはこれを容認している。
10 原告は、旧建物の当時から既に自動車一台を所有していたが、原告土地には自動車が入らなかったので、他に駐車場を借りており、その状況は現在も続いている。原告は、一週間に一度遊びのために右自動車を使用する程度で、あとは原告の娘が買い物のために右自動車を使用している。
以上の事実が認められ、《証拠判断省略》、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、原告は三〇年以上原告通路を使用して原告土地上で生活してきたものであり、原告通路は階段があって自動車の通行には適さないが、徒歩で通行するには十分な幅と設備を備えていることは明らかで、この状況は本件工事の前後を通じて何ら異なるところはなく、本件工事によって、原告土地が被告土地を含む本件道路と同じ高さになったからといって、被告土地上に原告の袋地通行権が発生することにはならない。また、袋地の利用状況、通路開設の経緯などから、袋地通行権として自動車による通行が認められる場合があるとしても、右認定の各事実、すなわち、①原告土地は原告の居宅の敷地として利用されており、原告土地に自動車が入らなければ生活に困るような状況にはなく、事実、原告は旧建物当時から他に駐車場を借りて自動車を所有しているが、週一回程度遊びに使う位であること、②被告土地を含む本件道路は、原告とは全く無関係に常盤炭砿及び細田工務店によって築造されたもので、本件工事まで原告土地と本件道路は全く隔絶した存在であったこと、③原告自身も、細田住宅自治会の承諾なく当然に本件道路を自動車で通行できるとは考えておらず、本件工事前に様々な約束をしたうえで、工事車両の通行を認めてもらったものであること、などの事実を合せ考えると、原告の自動車による通行を確保するために被告土地上に原告の袋地通行権が発生するとは到底認めることができない。
従って、被告土地に原告の袋地通行権が発生することを前提とする原告の請求は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
四 通行の自由権について
被告土地を含む本件道路が建築基準法上の道路位置指定を受けていることは前記認定のとおりである。
そこで、原告は、公法上の規制の反射的利益として、被告土地を自動車で通行する権利を有し、これを妨害された場合は排除を求めうる旨主張するのでこの点について検討する。
確かに、原告主張のとおり、建築基準法上の道路位置指定を受けている道路は、私道であっても、その所有者は一般公衆の通行を受忍すべき公法上の義務を負担しているので、その反射的効果として、原告は一般公衆の一人として被告土地を通行する利益を享受しているものということができる。
右のような意味での原告の通行の利益は、原告も認めるとおり、あくまで公法上の規制の反射的利益にすぎず、私法上確認の対象となる独立の権利とは認められず、これが妨害されたからといって直ちにその排除を求めうるような性質のものではない。
もっとも、一般に個人は、その身体活動の自由が不当に制限された場合は、人格権あるいはそれに由来する権利に基づき、その排除を求めることができ、一般の通行の用に供されている道路の通行についても、日常生活を維持するうえで必要不可欠な通行が妨害され、その妨害が重大かつ継続的なものであれば、人格権あるいはそれに由来する通行の自由権(一般の通行の用に供されている道路を通行して日常生活を維持できる権利)に基づき、その妨害を排除し、あるいは予防することができるものというべきである。
これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告は原告通路を使用して十分にその生活を維持することができるうえ、本件工事によって撤去されたブロック塀の部分から原告は自由に被告土地に出入りすることができ、被告らも被告土地を原告が徒歩で通行することを認め、消防自動車等の緊急車両が被告土地を通って原告方に行くのも認めているのであり、しかも、原告が自動車によって被告土地を通行する必要性も、従来の原告の自動車の使用方法から考えて決して高いものとはいえないのであるから、原告に右のような妨害排除請求権、あるいは妨害予防請求権が発生するものと認めることはできない。
従って、原告は被告土地につき通行の自由権を根拠に通行権を主張することはできず、被告土地上に通行の自由権に基づく通行権が発生することを前提とする原告の請求は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
五 権利の濫用について
原告は、被告らが被告土地について原告の自動車による通行権を認めず、本件ブロック塀を撤去しないのは権利の濫用である旨主張するが、前記認定のとおり、被告らを含む細田住宅自治会の構成員は毎月支払う自治会費の中から被告土地を含む本件道路の管理・補修費用を出して本件道路の管理・補修にあたっているのであり、原告が本件工事による道路の破損部分は原告において修復するなどの本件工事前の約束を守らなかったことを理由に原告の本件道路に対する自動車による通行権を認めないとしてもそれが権利の濫用になるとは解されない。また、本件ブロック塀は前記認定のとおり、原告の申し入れにより細田工務店がその費用によって被告土地内に築造したものであり、原告の都合によって本件工事を実施し、その結果原告土地と被告土地の高低差がなくなったからといって被告らにおいて撤去すべき義務が発生するものでもなく、撤去しないからといって被告らの権利の濫用になるとも解されない。そして、前記認定事実によれば、被告らは原告が被告土地を徒歩で通行することを認め、緊急車両が被告土地を通って原告方に行くのも認めており、それは本件ブロック塀を撤去しなくても現状で十分に可能なのであるから、これらの点からも被告らが被告土地について原告の自動車による通行権を認めず、本件ブロック塀を撤去しないことが権利の濫用になるとは解されない。
従って、被告らの右行為が権利の濫用になることを前提とする原告の請求は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
六 結論
よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 福田剛久)
<以下省略>